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東京地方裁判所 平成11年(ワ)6372号・平11年(ワ)6376号 判決

第一事件原告 山下八重子

第二事件原告 高橋幸男

両名訴訟代理人弁護士 橋場隆志

同 秋山誠

第一事件・第二事件被告

破産者高橋和子破産管財人 木村武夫

(以下、「被告高橋和子破産管財人」という)

第一事件・第二事件被告

破産者伊藤安里子破産管財人 木村武夫

(以下、「被告伊藤安里子破産管財人」という)

主文

一  第一事件原告及び第二事件原告の各請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、各事件について各原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  第一事件原告

1  第一事件原告と被告高橋和子破産管財人との間において、別紙物件目録記載一1の土地共有持分につき持分一万分の三二二・五とし、同目録記載一2の建物につき持分四分の一とする第一事件原告の高橋和子に対する平成五年七月二九日遺留分減殺請求に基づく持分移転登記手続義務の存在しないことを確認する。

2  第一事件原告と被告伊藤安里子破産管財人との間において、別紙物件目録記載一1の土地共有持分につき持分一万分の三二二・五とし、同目録記載一2の建物につき持分四分の一とする第一事件原告の伊藤安里子に対する平成五年七月二九日遺留分減殺請求に基づく持分移転登記手続義務の存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  第二事件原告

1  第二事件原告と被告高橋和子破産管財人との間において、別紙物件目録記載二の各土地につき、第二事件原告の高橋和子に対する平成五年七月二六日遺留分減殺請求に基づく共有持分各四分の一の持分移転登記手続義務の存在しないことを確認する。

2  第二事件原告と被告伊藤安里子破産管財人との間において、別紙物件目録記載二の各土地につき、第二事件原告の伊藤安里子に対する平成五年七月二六日遺留分減殺請求に基づく共有持分各四分の一の持分移転登記手続義務の存在しないことを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  被告両名

主文と同旨

第二事案の概要

一  事案の骨子

1  第一事件は、原告において、原告に対する遺贈について減殺請求権を行使した遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子の遺贈の目的物の返還請求権(持分移転登記請求権)が、第二事件原告のした高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する価額弁償請求権の差押え及び取立てにより消滅した、そうでないとしても、原告が第二事件原告から譲り受けた第二事件原告の高橋和子及び伊藤安里子に対して有する債権を自働債権とし、右の目的物の返還請求権(持分移転登記請求権)に代わる価額弁償請求債権を受働債権として対当額で相殺したことにより消滅した、などと主張して、高橋和子及び伊藤安里子の破産管財人である被告両名に対し、右の持分移転登記手続義務が存在しないことの確認を求めた事案である。

2  第二事件は、原告において、原告に対する遺贈について減殺請求権を行使した遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子の遺贈の目的物の返還請求権(持分移転登記請求権)が、原告が高橋和子及び伊藤安里子に対して有する債権を自働債権とし、右の目的物の返還請求権(持分移転登記請求権)に代わる価額弁償請求債権を受働債権として対当額で相殺したことにより消滅したなどと主張して、高橋和子及び伊藤安里子の破産管財人である被告両名に対し、右の持分移転登記手続義務が存在しないことの確認を求めた事案である。

二  基礎となる事実

1  高橋庄司は、平成四年五月八日、別紙物件目録記載一の各不動産(以下、「目録一不動産」という)を第一事件原告に、同目録記載二の各不動産(以下、「目録二不動産」という)を第二事件原告に、それぞれ遺贈する旨を公正証書をもって遺言した(以下、併せて「本件遺贈」という)。

2  高橋庄司は平成五年七月六日死亡し、本件遺贈により、第一事件原告は目録一不動産を、第二事件原告は目録二不動産を、それぞれ取得した。

3  高橋庄司の死亡当時、その法定相続人として妻の高橋和子及び長女の伊藤安里子がいたところ、両名は、各四分の一の遺留分権利者として、第一事件原告に対しては平成五年七月二九日到達の、第二事件原告に対しては同月二六日到達の各書面をもって、それぞれ遺留分減殺を請求する旨の意思表示をした。

4  高橋和子は、平成一〇年一二月二五日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、弁護士木村武夫が破産管財人に選任された。

また、伊藤安里子は、平成一二年二月二五日、東京地方裁判所において破産宣告を受け、弁護士木村武夫が破産管財人に選任された。

5  なお、高橋和子及び伊藤安里子は、第一事件原告に対しては目録一不動産について、第二事件原告に対しては目録二不動産について、それぞれ遺留分減殺請求に基づく持分移転登記手続を求める訴え(東京地方裁判所平成六年(ワ)第七六四号遺留分減殺請求事件)を提起し、平成九年一二月二五日、第一審の東京地方裁判所においてそれぞれ一部認容の判決を受け、平成一〇年六月二九日、これが控訴審において一部変更され(東京高等裁判所平成一〇年(ネ)第二五号事件判決・平成一〇年四月二二日口頭弁論終結)、現在、上告審に係属中である(以下「別件訴訟」という)。

(以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない事実であるか、弁論の全趣旨により明らかな事実である。)

三  当事者の主張

【第一事件原告】(第一事件原告に対する持分移転登記請求権の消滅について)

1(高橋和子の価額弁償請求権の差押え)

高橋和子は、基礎となる事実3の遺留分減殺請求に基づき、第一事件原告に対し、最大で八一三万三三三六円の価額弁償請求権を有していた。

第二事件原告は、高橋和子が第一事件原告に対し有する右価額弁償請求権八一三万三三三六円ついて、第二事件原告の高橋和子に対する不当利得返還請求権(浦和地方裁判所平成四年(ワ)第五七八号、五七九号事件の執行力ある判決正本の主文第一項及び第二項に表示された債権)を請求債権として、平成一〇年二月一二日、東京地方裁判所平成一〇年(ル)第七六八号債権差押命令をもって差押えをし、同差押命令は、同月一九日高橋和子(差押債務者)に対し、同月一四日第一事件原告(第三債務者)に対し、それぞれ送達された。

2(伊藤安里子の価額弁償請求権の差押え)

伊藤安里子は、基礎となる事実3の遺留分減殺請求に基づき、第一事件原告に対し、最大で八一三万三三三六円の価額弁償請求権を有していた。

第二事件原告は、伊藤安里子が第一事件原告に対し有する右価額弁償請求権八一三万三三三六円について、第二事件原告の伊藤安里子に対する寄託金返還請求権(東京地方裁判所平成九年(ワ)第二六九七号事件の執行力ある判決正本の主文第一項に表示された債権)を請求債権として、平成一〇年二月一二日、東京地方裁判所平成一〇年(ル)第七六六号債権差押命令をもって差押えをし、同差押命令は、同月一八日伊藤安里子(差押債務者)に対し、同月一四日第一事件原告(第三債務者)に対し、それぞれ送達された。

(以下、右1の高橋和子に対する債権差押えと2の伊藤安里子に対する債権差押えを併せて「本件各債権差押え」という)。

3(本件各差押債権の取立て)

第二事件原告は、本件各債権差押命令事件の債権者として、平成一〇年六月一七日、第三債務者である第一事件原告から差押えにかかる高橋和子及び伊藤安里子の価額弁償請求権各八一三万三三三六円、合計一六二六万六六七二円について取立てを行い、これにより、高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する遺留分減殺請求に基づく本件遺贈の目的物の返還請求権(目録一不動産についての共有持分移転登記請求権)は消滅した。

なお、右の取立ての実際は、第一事件原告からの取立金をそのまま第一事件原告に返還(贈与)するものであり、現実の支払を伴わないものであるから、実質的には価額弁償債務の免除である。

4(債権譲渡と相殺)

そうでないとしても、第二事件原告は、平成一〇年六月一七日、第一事件原告に対し、本件各差押命令事件の右各請求債権中いずれも八一三万三三三六円を譲渡し、平成一〇年六月一八日到達の書面をもって高橋和子及び伊藤安里子に対しその旨を通知した。

第一事件原告は、高橋和子及び伊藤安里子に対し、平成一〇年六月一八日到達の書面をもって、これらの譲受債権を自働債権とし高橋和子及び伊藤安里子の前記各価額弁償請求権を受働債権として、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

これにより、高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する遺留分減殺請求に基づく本件遺贈の目的物の返還請求権(目録一不動産についての共有持分移転登記請求権)は消滅した。

【第二事件原告】(第二事件原告に対する持分移転登記請求権の消滅について)

1(高橋和子の価額弁償請求債権との相殺)

高橋和子は、基礎となる事実3の遺留分減殺請求に基づき、第二事件原告に対し、最大で八二八万円の価額弁償請求権を有していた。

第二事件原告は、高橋和子に対し、浦和地方裁判所平成四年(ワ)第五七八号、第五七九号不当利得返還請求事件の確定判決主文第一項により、元金一億円及びこれに対する平成二年五月一五日から完済まで年五分の割合による遅延損害金債権を有するところ、第二事件原告は、高橋和子に対し、平成一〇年六月一八日到達の書面をもって、第二事件原告の右債権を自働債権とし、高橋和子の右価額弁償請求権を受働債権として、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

これにより、高橋和子の第二事件原告に対する遺留分減殺請求に基づく本件遺贈の目的物の返還請求権(目録二不動産についての共有持分移転登記請求権)は消滅した。

2(伊藤安里子の価額弁償請求債権との相殺)

伊藤安里子は、基礎となる事実3の遺留分減殺請求に基づき、第二事件原告に対し、最大で八二八万円の価額弁償請求権を有していた。

第二事件原告は、伊藤安里子に対し、東京地方裁判所平成九年(ワ)第二六九七号寄託金返還請求事件の確定判決により、元金四七〇〇万円及びこれに対する平成九年二月二三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金債権を有するところ、第二事件原告は、伊藤安里子に対し、平成一〇年六月一八日到達の書面をもって、第二事件原告の右債権を自働債権とし、伊藤安里子の右価額弁償請求権を受働債権として、これらを対当額で相殺する旨の意思表示をした。

これにより、伊藤安里子の第二事件原告に対する遺留分減殺請求に基づく本件遺贈の目的物の返還請求権(目録二不動産についての共有持分移転登記請求権)は消滅した。

【被告両名の主張】

1(遺留分権利者の価額弁償請求権の発生要件について)

原告両名は、高橋和子及び伊藤安里子がそれぞれ原告両名に対する価額弁償請求権を有することを前提として、本件各債権差押えや価額弁償請求権を受働債権とする相殺を主張し、もって高橋和子及び伊藤安里子の遺留分権利が消滅したとの主張をするが、遺留分権利者は、受遺者に対し、当然には価額弁償請求権を有するものではない。

すなわち、遺留分権利者が価額弁償請求権を有すべき要件としては、

<1> 受遺者が価額弁償の意思表示を行い、かつ、価額弁償の履行の提供を行った場合か、

<2> 受遺者が価額弁償の意思表示を行い、これを承けて、遺留分権利者が価額弁償を選択し、その履行を請求する旨の意思表示を行った場合、

に限られる。

そして、これらの場合には、遺留分権利者の現物返還請求権は消滅し、価額弁償請求権のみが存続することになる。

2(高橋和子及び伊藤安里子に価額弁償請求権が発生していないことについて)

本件ではそもそも、原告両名は、価額弁償の意思表示を行っていないし、もとより価額弁償の履行の提供も行っていない。また、高橋和子及び伊藤安里子はいずれも、原告両名の価額弁償の意思表示を承けて、価額弁償を選択し、その履行を請求する旨の意思表示を行っていない。

したがって、右1に述べたところからすれば、本件においては、そもそも遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子に価額弁償請求権は発生していないことになる。

3(本件各債権差押えが無効であることについて)

そうであるとすれば、第一事件原告が主張する本件各債権差押えは、高橋和子及び伊藤安里子に価額弁償請求権が発生したことを前提とするものであるが、右のとおり差押債権である高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する価額弁償請求権自体が発生していないのであるから、いずれも無効である。

したがって、第一事件原告の右差押債権の取立てに関する主張も失当というべきである。

なお、そもそも、第二事件原告は第一事件原告から右の差押債権の取立てを行っていない。このことは、言い換えれば、第三債務者である第一事件原告が差押債権者である第二事件原告に対し、差し押さえられた高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する価額弁償請求権について弁済をしていないことは、第一事件原告自らも認めているところである(前記第一事件原告の主張3)。

4(別件訴訟の既判力に抵触することについて)

また、仮に、本件各債権差押命令が第三債務者である第一事件原告に送達された平成一〇年二月一八日の時点で高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する価額弁償請求権が発生しており、本件各債権差押えが有効であったとすれば、その時点では高橋和子及び伊藤安里子の第一事件原告に対する遺留分権利に基づく目的物の返還請求権は既に消滅していたことになる。

そうであるとすれば、この目的物の返還請求権の消滅の事実は、訴訟物を同一にする別件訴訟の控訴審における口頭弁論終結時である平成一〇年四月二二日より以前の事由であるから、本件訴訟においてこれを主張することは、別件訴訟の既判力に抵触し許されない。

5(相殺による価額弁償が許されないことについて)

原告両名は、いずれも相殺によって高橋和子及び伊藤安里子の原告両名に対する目的物の返還請求権が消滅した旨を主張する。

原告の右主張は、目的物の返還請求権と価額弁償請求権が併存的に存在することを前提として、価額弁償請求権が相殺によって消滅した場合には、その時点で目的物の返還請求権も消滅する、と解釈するものであるが、価額賠償請求権は、既に述べたとおり、目的物の返還請求権と併存的に存在するものではないから、原告両名の右主張は失当である。

また、原告両名の右主張は、相殺をもって価額弁償の履行の提供に代えようとするものであるが、これは民法一〇四一条一項の文理解釈上も無理があるのみならず、「受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためには、価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければならず、価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りない」としたとした最高裁判所昭和五四年七月一〇日判決(民集三三巻五号五六二頁)の趣旨にも反するものである。

すなわち、民法一〇四一条が規定する受遺者らの遺留分権利者に対する価額弁償の制度は、いわば法定の代物弁済による解決の手段であり、その本旨は、被相続人の意思の尊重を基幹として相続人、受遺者ら間の利害を調整することにあり、その制度の効用が発揮されることにより、受遺者らの遺贈等の目的物をめぐる既成の事実関係が維持される反面、遺留分権利者には、目的物の返還に相等しい過不足のない代償としての金銭給付を得させることとなるのである。そして、原告両名が主張するように、相殺をもって価額弁償に代え得るとすれば、要するに、反対債権の消滅をもって目的物の返還義務の消滅をもたらすに等しく、これは、遺留分権利者に目的物の返還に相等しい過不足のない代償としての金銭給付を得させたと同様の効果を遺留分権利者に与えたものといえないことは明らかであるから、前述のような価額弁償の制度趣旨からすれば、相殺をもって価額弁償の効果を認めることは許されないものというべきである。

【原告両名の反論】

1(遺留分権利者に対する価額弁償の性格について)

民法一〇四一条の遺留分権利者に対する価額弁償の規定の趣旨は、遺留分権利者に対して遺留分減殺の目的物の返還を受けたのと経済的に等価値の利益が与えられれば、遺留分の権利は実現されたものとみなして、遺留分返還義務を履行したのと同等の法的効果を認めたものと理解される。

ところで、右の条文上では、もっぱら遺留分義務者(受遺者等)が遺贈等の目的の価額を弁償して返還義務を免れることができる旨が規定されているだけで、遺留分権利者がこれに対応する価額弁償請求権を有するかどうか、その請求権の発生要件はどのようなものか、については直接規定するところではないが、実際上は、どちらかが実現(履行)されれば、他方が確定的に消滅すると理解すれば十分である。

2(価額弁償と相殺の可否について)

そして、相殺は、被告両名が援用する最高裁判所昭和五四年七月一〇日判決(民集三三巻五号五六二頁)にいう「価額の弁償の現実の履行又はその履行の提供」に該当するというべきである。

すなわち、相殺は、弁済と同等の経済的価値を有するものであるから、現実の履行(弁償)と等価である。この場合、相殺の要件としての受働債権(遺留分権利者の価額弁償請求権)の成立を形式的に論ずるべきではなく、相殺が価額弁償の現実の履行と同等の評価を与えられるかどうか(遺留分義務を免れさせるべきか)、の点から検討すべきものである(特に、本件においては、相殺に供される自働債権は、もともと高橋庄司の遺産を同人の承諾なく高橋和子及び伊藤安里子が持ち出したことに基づき、これを全遺産の承継人である第二事件原告に返還すべきものとして確定判決により認められたものであり、この相殺は、結局、高橋和子及び伊藤安里子が不法に持ち出した遺産の一部を価額弁償として振替充当する(適法化する)行為にほかならないことに留意すべきである。)。

3(別件訴訟の既判力について)

原告両名の前記の相殺の意思表示は、平成一〇年六月一八日到達の書面をもってなされたのであるから、別件訴訟の口頭弁論終結時である平成一〇年四月二二日後のことであり、この相殺により高橋和子及び伊藤安里子の価額弁償請求権が消滅した、すなわち、目的物の返還請求権が消滅したと主張することが別件訴訟の既判力に抵触することはない。

四  争点

前示の基礎となる事実及び当事者双方の主張から明らかなとおり、本件においては基礎的な事実関係については当事者間に争いがなく、主要な争点は、遺留分権利者から遺留分減殺請求権が行使された場合において、受遺者が目的物の価額を弁償することにより目的物の返還義務を免れることができることを認めた民法一〇四一条一項の規定の解釈に関わるものであり、これを要約すると、

1  本件各債権差押えが有効か、否か〔第一事件関係〕

2  本件各相殺の意思表示が有効か、否か-第一事件原告及び第二事件原告がした本件各相殺の意思表示によって、高橋和子及び伊藤安里子が原告両名に対してそれぞれ有する本件遺贈の目的物の返還請求権(持分移転登記請求権)が消滅したか、否か〔両事件共通〕

ということができる。

第三当裁判所の判断

一  民法一〇四一条一項の規定の趣旨について

1(受遺者の価額による弁償について)

一般に、遺贈について遺留分権利者が減殺請求権を行使すると、遺贈は遺留分を侵害する限度で失効し、受遺者が取得した権利はその限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属することとなるが、この場合、受遺者は、遺留分権利者に対し同人に帰属した遺贈の目的物を返還すべき義務を負うものの、民法一〇四一条の規定により減殺を受けるべき限度において遺贈の目的物の価額を弁償して返還の義務を免れることができる。

しかし、そのためには、受遺者は、遺留分権利者に対し価額の弁償をする旨の意思表示をしただけでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか、少なくともその履行の提供をしなければならない。右のような場合に、単に価額の弁償の意思表示をしただけで受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れることができるとすることは、遺留分権利者に対し、右の価額を確実に取得することを保障しないまま、減殺の請求の対象とされた目的物の受遺者への帰属の効果を確定する結果となり、遺留分権利者と受遺者との間の権利の調整上公平を失し、ひいては遺留分権利者である相続人の生活保障を図ろうとして遺留分の制度を設けた法意にそわないこととなるからである(最高裁判所昭和五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号五六二頁、最高裁判所平成九年二月二五日第三小法廷判決・民集五一巻二号四四八頁、参照)。

2 (遺留分権利者の価額弁償請求権について)

ところで、遺留分権利者は、受遺者に対し、弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利(以下「価額弁償請求権」という)を当然に有するものではないが、受遺者が遺留分権利者に対し価額の弁償をする旨の意思表示をし、弁償すべき価額について履行の提供をした場合には、減殺請求によりいったん遺留分権利者に帰属した権利が再び受遺者に移転する反面、遺留分権利者は、受遺者に対して価額弁償請求権を取得するものというべきである(前掲最高裁判所平成九年二月二五日第三小法廷判決参照)。

なお、受遺者が、価額の弁償をする旨の意思表示をしたに止まり、未だ価額弁償の履行の提供をしていない場合であっても、遺留分権利者において、受遺者のした右の価額弁償の意思表示を承け、遺贈の目的物の返還請求に代えて価額弁償を選択する旨の意思表示をした場合においては、遺留分権利者は、受遺者に対し価額弁償請求権を取得するものと解するのが相当である。

二  主要な争点に関する判断

1  争点1-本件各債権差押えの有効性-について

そこで、右の考察を踏まえて、まず本件各債権差押えの有効性について検討すると、本件各債権差押え命令が第三債務者である第一事件原告に送達された平成一〇年二月一四日の時点において、受遺者である第一事件原告が遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子に対し価額弁償の履行の提供を行っていないことは明らかであるし、また、高橋和子及び伊藤安里子が第一事件原告に対し遺贈の目的物の返還請求に代えて価額弁償を選択する旨の意思表示をしていないことも明らかである(却って、高橋和子及び伊藤安里子が、第一事件原告に対し、目録一不動産についてそれぞれ遺留分減殺請求に基づき目的物の返還(持分移転登記手続)を求める別件訴訟を提起し、それぞれその請求の一部を認容する判決を得て、現在、これらが上告審に係属中であることは、前示の基礎となる事実5のとおりである。)。

そうであるとすれば、本件各債権差押えの時点においては、そもそも遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子に受遺者である第一事件原告に対する価額弁償請求権が未だ発生していないことになるから、本件各債権差押えは、差押えの対象となる債権自体が存在していないものとして無効というほかはない。

したがって、本件各債権差押えが有効であることを前提とする第一事件原告の本件各差押債権の取立て及びその効果に関する主張は、いずれも理由がないというべきである。

2  争点2-本件各相殺の意思表示の有効性-について

次に、第一事件原告及び第二事件原告が高橋和子及び伊藤安里子に対してした本件各相殺の意思表示の有効性について検討すると、本件各相殺の意思表示がされた平成一〇年六月一八日の時点において、受遺者である第一事件原告及び第二事件原告が、遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子に対していずれも価額弁償の履行の提供を行っていないことは明らかであるし、また、高橋和子及び伊藤安里子が、第一事件原告に対しても、第二事件原告に対しても、遺贈の目的物の返還請求に代えて価額弁償を選択する旨の意思表示をしていないことも明らかである。

そうであるとすれば、本件各相殺の意思表示の時点においては、そもそも遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子に受遺者である第一事件原告及び第二事件原告に対する価額弁償請求権が未だ発生していないことになるから、本件各相殺の意思表示は、受働債権が存在していないものとして無効というほかはない。

なお、原告両名は、本件各相殺の意思表示の有効性を判断するに当たっては、相殺の要件としての受働債権(遺留分権利者の価額弁償請求権)の成立を形式的に論ずるべきではなく、相殺が価額弁償の現実の履行と同等の評価を与えられるかどうかの観点から検討すべきであると主張するが、前示のような遺留分制度の趣旨や民法一〇四一条の規定するところが受遺者らの遺留分権利者に対する目的物返還義務の履行に代わる価額弁償という一種の法定代物弁済の制度であることに照らせば、実質的な観点からみても、遺留分権利者である高橋和子及び伊藤安里子において遺留分減殺請求権を行使し、受遺者である原告両名に対し遺贈の目的物の現実の返還(持分移転登記手続)を求めている本件遺贈について、本件各相殺の意思表示を無効とし、原告両名が遺贈の目的物の返還義務を免れるためには価額弁償の履行の提供を現実にしなければならないとしても、何ら不当な結果をもたらすものということはできないというべきである。

したがって、本件各相殺の意思表示が有効であることを前提とする第一事件原告及び第二事件原告の各主張は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないというべきである。

三  まとめ

右のところによれば、第一事件原告及び第二事件原告の被告両名に対する各請求は、いずれも理由がないことになる。

第四結論

以上のとおりであるから、第一事件原告及び第二事件原告の各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川勝隆之)

(別紙)

物件目録

一1 所在 台東区西浅草三丁目

地番 三〇番三

地目 宅地

地積 四五八・九三平方メートル

持分一万分の一二九〇

2 (一棟の建物の表示)

所在 台東区西浅草三丁目三〇番地三

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根六階建

床面積 一階 三二九・五二平方メートル

二階 二八四・四五平方メートル

三階 二八六・九四平方メートル

四階 二八四・四五平方メートル

五階 二一四・四四平方メートル

六階 一五一・九四平方メートル

(専有部分の建物の表示)

家屋番号 台東区西浅草三丁目三〇番三の一〇三

建物の番号  一〇三

種類 店舗

構造 鉄筋コンクリート造一階建

床面積 一階部分 三六・六三平方メートル

二1 所在 川口市大字新堀字越戸

地番 一一二八番三

地目 宅地

地積 六七四・八一平方メートル

2 所在 川口市大字新堀字越戸

地番 一一三〇番一

地目 雑種地

地積 一三〇平方メートル以上

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